港町を焦がす揚げたての誘惑――2026年、なぜ私たちは今なお小樽「かま栄」のパンロールに並んでしまうのか
小樽 かま 栄の堺町工場直売店に足を踏み入れた瞬間、運河から吹き付ける冷たい風の記憶が吹き飛んだ。鼻先を直撃するのは、香ばしいラードと魚肉すり身が混ざり合った、どこか懐かしくも抗いがたい濃厚な熱気だ。2026年の初冬、平日にもかかわらず、ショーケースの前にはトレイを手にした人々が幾重にも列をなしている。ガラスケースの奥には、黄金色に揚がった練り物が山積みだ。湯気が立ちのぼるそれらを眺めているだけで、胃袋がきゅっと音を立てる。
旅の途中で小腹を満たしたい観光客はもちろん、晩酌の肴を求める地元住民までもが、当たり前のように小樽 かま 栄の暖簾をくぐっていく。1905年(明治38年)の創業から120年以上の歳月が流れた今も、この場所の空気には、時代に消費されない職人の生々しい呼吸が宿っている。目まぐるしくトレンドが移り変わる現代のフードシーンにおいて、なぜこの老舗の揚げかまぼこは、これほどまでに人を惹きつけてやまないのだろうか。
湯気と油の匂いが満ちる運河沿い、午前10時の静かな熱気
朝10時過ぎの堺町通り。店舗の自動ドアが開くたび、通りへと漏れ出す揚げ油の香りに誘われて、吸い寄せられるように足をとめる観光客の姿がある。近年は海外からの個人旅行客も目立つが、注文の仕方に迷う様子はない。指をさし、個数を伝え、紙袋を受け取る。言葉の壁を越えて、誰もが「揚げたて」の魔力を理解しているのだ。
カウンターの向こうでは、手際よく紙袋やかまぼこ用の箱を捌くスタッフの声が響き渡る。迷っている暇はない。後ろからの熱気を感じつつ、多くの人が真っ先に口にするのが、看板メニューの「パンロール」と、創業以来の定番「ひら天」の組み合わせだ。手渡されたばかりの紙袋は、手のひらが痛くなるほど熱い。その温もりこそが、工場併設の直売店ならではの特権である。
「地方発送不可」という頑固さ――パンロールが全国へ飛ばない理由
1962年に先代の社長が考案したという「パンロール」。豚挽肉と玉ねぎを加えたすり身を、わずか数ミリの極薄パンで巻き、そのまま油でカラリと揚げる。いまや全国区の知名度を誇るこの逸品だが、オンラインショップや通信販売では一切手に入らない。賞味期限が当日限りであり、真空パックにして熱を通すと、あの独特のサクサクした食感が台無しになってしまうからだ。
「その日のうちに、揚げたてを食べてほしい」。デジタル化が進み、全国の美味が翌日には自宅へ届く時代において、この潔い割り切りはむしろ新鮮ですらある。サクッ、という心地よい咀嚼音の直後に押し寄せる、ジューシーなすり身のうま味。冷凍技術がいかに進化しようとも、この食感のコントラストは小樽や道内の店頭でしか体験できない。その限定性こそが、旅の目的地としての価値を確固たるものにしている。
海水温の変化とすり身の危機、2026年の職人たちが守る「秘伝の弾力」
だが、伝統の味を守り続ける現場の舞台裏には、決して平坦ではない現実もある。近年の海水温上昇に伴い、北海道近海で獲れるスケトウダラをはじめとする魚種の水揚げバランスは刻一刻と変化している。2026年現在、水産資源の確保やかまぼこ作りの生命線である「すり身」の調達は、かつてない難局を迎えているのだ。
それでも一口かじれば、歯を跳ね返すような力強い弾力は微塵も揺らいでいない。魚のコンディションを見極め、すり身を練り上げる時間や塩加減、水分の配合を職人の経験値で微調整する。素材のブレを人間の技術で吸収し、常に「あの味」へと着地させる執念。ただ昔のレシピをなぞるのではなく、変わりゆく自然環境と対峙しながらアップデートを続けるからこそ、100年を超える看板の重みが保たれている。
工場直売店という舞台裏、ガラス一枚を隔てた手技の継承
本社工場直売店の奥へ進むと、大きなガラス越しに製造ラインの様子を自由に見学できるスペースが広がる。銀色に輝くステンレスの調理台。白衣と衛生帽に身を包んだ職人たちが、すり身の塊を木べらで手際よくまとめ、油のプールへと滑り込ませていく。その流れるような動きには、一切の無駄がない。
機械化できる部分は衛生的にオートメーション化しつつも、成形や火加減の微細な調整には必ず人間の手と目が介在する。ガラスに張り付いて見入る子どもたちや、感嘆の声を漏らす大人たち。自分たちが今から口にするものが、どのような環境で、誰の手によって作られているのかを包み隠さず見せる。この徹底した透明性もまた、長年培われてきた信頼の根底にある。
旅人の歓声と市民の日常、その両方を満たすひら天の存在感
パンロールが観光客の熱い視線を集める一方で、地元市民のトレイを静かに埋めているのは、円盤状のシンプルな「ひら天」や「マヨサンド」だ。小樽の家庭では、スーパーの惣菜コーナーではなく、夕方にかま栄へ立ち寄って晩酌の友や夕食のおかずを調達するのが昔からの日常風景として根付いている。
ほんのり甘く、魚本来の旨味が凝縮されたひら天は、そのまま食べても絶品だが、軽く炙って生姜醤油を垂らすと日本酒の最高のアテになる。観光客向けの派手な名物にとどまらず、地元の人々の胃袋を何世代にもわたって支えてきたからこそ、この店には観光地特有の上滑りした空気が一切ない。市民の生活に深く根を下ろしている事実が、ブランドに揺るぎない説得力を与えている。
帰路のフライト前に駆け込む人々、新千歳空港で灯るもう一つの拠点
小樽の街を後にし、旅の終着点となる新千歳空港の出発ロビーでも、おなじみのロゴが描かれた紙袋を抱えた人々を頻繁に見かける。空港内の直営店には、フライト直前の滑り込みで揚げたてを買い求める出張帰りのビジネスパーソンや旅行客が引きも切らない。
機内に持ち込むと少し匂いが気になりつつも、帰宅後の夜食や翌朝の楽しみにせずにはいられない魅力がある。冷めてもなお失われない魚肉のコクと、レンジやトースターで軽く温め直した瞬間に蘇るあの香ばしさ。紙袋の底にじんわり染みた油の温もりを感じながら、人々は北の旅の記憶を鮮明に反芻する。小樽の港町で育まれた練り物は、今日も誰かの記憶のなかで、確かな満足感とともに生き続けている。 (出典: 小樽 かま 栄(Yahoo!ニュース))