湯煙の先にある110年の企み――2026年、なぜ私たちは再び「温泉まんじゅう」に心を奪われるのか
温泉 まんじゅう と は、単なる温泉街の定番土産という枠組みを遥かに超えた、日本独自のツーリズムと職人技が交差する食文化の結晶だ。早朝の温泉街を歩けば、冷え切った空気の中に立ち上る白い蒸気と、ほのかに甘い小豆の香りが鼻腔をくすぐる。一口かじれば、しっとりとした薄皮から溢れ出る熱々の餡。だが、この素朴な茶色い小包が、いかにして全国津々浦々の湯治場を制覇したのかを即座に説明できる人は驚くほど少ない。
旅人がふと抱く「そもそも温泉 まんじゅう と は何が違うのか」という素朴な疑問の裏側には、明治から令和に至る日本の観光史そのものが張り巡らされている。ただ饅頭を温泉地で売っているだけではない。泉質を模した皮の色、地熱エネルギーの活用、さらには観光鉄道網の拡大に伴うビジネスモデルの革新まで、この掌サイズの和菓子には驚くべき知恵と生存戦略が詰まっているのだ。
伊香保の赤褐色の湯が生んだ「茶色い皮」の原点物語
時計の針を1910(明治43)年に戻そう。群馬県・伊香保温泉の石段街。急勾配の坂道に立ち並ぶ旅館街の一角で、和菓子店「勝月堂」の初代・半田勝三郎が頭を抱えていた。名湯として名を馳せる伊香保に、誰もが持ち帰れる名物菓子を作れないか――。
勝三郎の閃きは、伊香保のシンボルである「黄金の湯(こがねのゆ)」にあった。鉄分を豊富に含み、空気に触れると独特の赤褐色に濁る温泉水。彼は饅頭の皮に黒糖を練り込むことで、その湯の色を見事に再現してみせた。これが現代に続く温泉まんじゅうの始祖「湯の花まんじゅう」の誕生である。
透き通るような白砂糖が高級品だった時代、あえて黒糖の深いコクと色味を活かしたこの饅頭は、湯治客の胃袋を瞬く間に掴んだ。1934(昭和9)年、昭和天皇が伊香保を行幸した際に買い上げの栄誉に浴したことで、その名声は決定的なものとなり、全国の温泉地がこぞってこのスタイルを模倣していくことになる。
「温泉蒸気で蒸す」だけじゃない?現代の製法と職人の葛藤
「温泉の蒸気で蒸し上げているから温泉まんじゅうなんですよね?」
観光客から投げかけられる最も多い質問に対し、多くの菓子職人は苦笑いを浮かべながらも丁寧に首を振る。別府の「地獄蒸し」のように本物の地熱蒸気を活用する例外を除けば、現代のほとんどの温泉まんじゅうは工場の高圧蒸気釜で蒸されている。理由は極めて明快で、温泉ガスに含まれる硫黄成分や過剰な水分が、繊細な小麦粉のグルテン形成や小豆の風味を破壊してしまうからだ。
しかし、機械化された現代でも職人の手仕事が失われたわけではない。外気温と湿度が刻一刻と変化する山あいの温泉地では、粉と水の配合を毎日数ミリリットル単位で微調整しなければ、あの吸い付くようなしっとり感は生まれない。皮の厚みはわずか数ミリ。薄すぎれば餡の水分で破れ、厚すぎれば喉越しを損なう。極限のバランスの上に、あの食感は成り立っている。
低糖質化と発酵素材――2026年に起きている和菓子リブート
2026年の今、温泉街の店頭に並ぶ蒸籠(せいろ)の景色が静かに、しかし劇的に塗り替えられつつある。インバウンド需要の成熟と国内の健康意識の高まりを受け、長年「伝統の味」を守り続けてきた老舗たちが一斉に舵を切り始めた。
注目を集めているのは、白砂糖の使用量を極限まで抑え、米麹や甘酒の自然な発酵甘味で炊き上げた進化系餡だ。群馬や長野の温泉地では、地元のクラフトブルワリーから出る麦芽粕をアップサイクルした香ばしい皮や、グルテンフリー需要に応える玄米粉ベースのまんじゅうが連日完売を記録している。
「昔ながらの甘すぎる饅頭は、今の若い世代や海外からのゲストには1個で十分と思われてしまう」と語る草津温泉の若手職人は、自家発酵の酵母を取り入れた新商品を開発した。懐かしさを残しながら、現代の胃袋にすんなり収まる軽やかさ。100年の歴史を持つフォーミュラが、今まさに再定義されている。
なぜお土産の定番になったのか?鉄道網の発達と昭和の旅文化
なぜ煎餅でも羊羹でもなく、日持ちのしない蒸し饅頭が日本全国の温泉地を席巻したのか。その背景には、近代日本の交通革命と贈答文化の密接な結びつきがある。
大正から昭和初期にかけて鉄道網が急速に延伸すると、温泉地は特権階級の長期湯治場から、都市生活者の週末旅行先へと変貌を遂げた。そこで求められたのが「職場や近所に配れる、安価で小分けにできる土産物」だった。まんじゅうは木箱や化粧箱に詰めやすく、個包装技術が未発達だった時代でも数日は乾燥を防ぐことができた。
さらに「湯煙から現れる出来立ての湯気」という視覚的演出が、旅情を掻き立てる最高のマーケティングツールとして機能した。職人が店頭でせいろの蓋を開ける瞬間、立ち込める湯気とともに漂う甘い匂い。それは旅の記憶を五感に焼き付け、持ち帰るべき物語へと昇華させる装置だったのだ。
全国ご当地バトル:草津、熱海、別府が魅せる「独自の進化形」
一口に温泉まんじゅうと言っても、その生態系は地域ごとに驚くほど多様だ。
草津温泉(群馬)では、湯畑周辺で蒸したてを配るアグレッシブな試食文化が名物となり、緑色の「湯揉みまんじゅう」や栗を丸ごと包んだ大ぶりなものが競い合う。一方、海辺の熱海温泉(静岡)では、伊豆特産の橙(だいだい)を皮に練り込んだ爽やかな柑橘フレーバーが台頭。温泉街ごとのテロワール(風土)が色濃く反映されている。
圧巻は九州の別府温泉(大分)だ。ここでは名実ともに「本物の温泉蒸気」を使った地獄蒸し製法が今なお主役を張る。噴気孔から轟音とともに噴き出す天然蒸気には微量な塩分が含まれており、それが皮に自然な塩味を与え、中の漉し餡の輪郭を鮮やかに引き立てる。自然の力をそのまま借りるこのアプローチは、他の追随を許さない孤高の存在感を放つ。
脱・大量生産の未来へ:持続可能な湯けむりエコノミーの旗手
プラスチック包装の削減、地産地消の原料調達、そして食品ロスの根絶。現代の観光産業が直面する課題に対し、温泉まんじゅうは再び最前線に立とうとしている。
日持ちをさせるための保存料や過剰包装をあえて削ぎ落とし、「本日中にお召し上がりください」という原点回帰のスタイルを打ち出す店舗が増加している。売れ残ったまんじゅうを温泉街のカフェがクラフトビールの原料やジェラートのトッピングとして再利用するサーキュラーエコノミーの取り組みも、2026年のスタンダードになりつつある。
湯上がりの火照った体で、冷たい風を感じながら頬張る、ほかほかの小さな塊。それは単なる炭水化物と糖分の補給ではない。泉質への敬意、街の歴史、そして変わりゆく時代を受け入れる職人たちのしなやかさが詰まった、ニッポンの旅情そのものなのだ。 (出典: 温泉 まんじゅう と は(Yahoo!ニュース))