コンビニの棚から消滅した「青い煙」の正体——2020年に起きたマイブルー狂騒曲と、2026年の喫煙難民たちが辿り着いた先
マイブルー コンビニ 2020という検索ワードが、今なお愛煙家やガジェット好きの検索履歴に残り続けている。レジ横の一等地、ガムや乾電池の並びに突如現れたスタイリッシュな青い什器。2020年春の改正健康増進法の全面施行と期を同じくして、タバコ特有のヤニ汚れや悪臭に肩身の狭い思いをしていた人々が、吸い寄せられるように買い求めたあの情景。手軽に買える次世代ガジェットとして全国のコンビニ網を瞬く間に制圧した光景は、今振り返ればわずか数年で霧散した幻のようでもある。
あの日、棚の前でPodを品定めしていた消費者は何を求め、メーカーは何を賭けていたのか。当時の流通事情をひもとくと、マイブルー コンビニ 2020の熱狂は日本のタバコ・VAPE史において最も野心的で、同時にあまりにも脆い実験だったことがよくわかる。2026年の現在、あの青いデバイスが残した爪痕と、行き場を失ったユーザーの足取りを追った。
4月の法改正が生んだ「青い特需」──なぜ2020年だったのか
時計の針を少し巻き戻してみる。2020年4月、日本の喫煙環境は激変の瞬間を迎えていた。飲食店やオフィスでの屋内原則禁煙。紙巻きタバコを日常的に吸っていた層は、吸い殻の処理や服につく臭いに神経を尖らせ、非喫煙者の家族からはベランダや換気扇の下へと追いやられた。
そこへ完璧なタイミングで滑り込んできたのが、英大手インペリアル・ブランズ傘下の「myblu(マイブルー)」だった。ニコチンゼロ、タールゼロ、充電式でPodを差し込むだけ。リキッド補充の手間もコイル交換の煩わしさもない。タバコ葉を使わないため「たばこ製品」としての厳しい規制枠組みをすり抜け、しかもコンビニで1本単位から買える。この圧倒的なアクセスの良さが、生活環境の激変に戸惑う都市部のビジネスパーソンに直撃した。
さらに運命のいたずらか、同年に始まった未曾有の在宅勤務シフトが追い風となった。部屋の壁紙を黄色く染めず、オンライン会議の合間に一口くわえられる。そんな気軽なリフレッシュツールとして、マイブルーは「禁煙目的」を超えた新しい日用品のポジションを掴みかけていた。
深夜のコンビニレジ横で起きていた争奪戦の実態
ファミリーマート、ローソン、セブン-イレブン。2020年夏頃、主要チェーンのタバコ什器のすぐ手前には、専用のアクリルスタンドが必ず陣取っていた。本体スターターキットと、メンソールやストロングベリーといったフレーバーPodが整然と並ぶ姿は、どこか海外のガソリンスタンドのようなモダンさを漂わせていた。
「深夜勤務のたびに、ストロングメンソールが箱ごと売れていったのを覚えています」と、当時都内の大手コンビニで夜勤を担当していた元店員は振り返る。タバコではないため成人識別カード(タスポ)も不要。身分証提示を求められることも基本的にはない。だが、売れる相手の大半は明らかに既存の喫煙者だった。
品切れも頻発した。特に人気のメンソール系フレーバーは、深夜の配送便が届いた直後に消える店舗が続出。何軒ものコンビニをハシゴしてPodを探し回る姿は、当時のSNS上でも日常の光景として投稿されていた。あの瞬間、マイブルーは紛れもなく日常のインフラに食い込んでいた。
突如訪れた幕引き──インペリアル・ブランズの撤退劇
しかし、熱狂は長く続かなかった。2021年の年明け、業界に激震が走る。インペリアル・ブランズ・ジャパンが、日本市場におけるmybluの販売終了をアナウンスしたのだ。春を待たずしてコンビニの什器は静かに撤去され、店頭在庫は投げ売りのように消滅していった。
理由はシンプルかつ残酷だった。事業採算性の壁だ。日本国内における薬機法の厳格な運用により、海外市場で主流である「ニコチン入りリキッド」の販売は医薬品医療機器等法で極めて厳しく制限されている。海外ではニコチン含有によって熱烈なリピーターを生み出していたmybluだが、日本で流通できたのはあくまで「ノンニコチン」の香料水蒸気に過ぎない。
新規ユーザーの獲得コストと、コンビニチェーンへの巨額な配荷・棚代コスト。それらを回収するだけの強固な継続需要が、ニコチンフリーのデバイス単体では築けなかった。手軽さで一度は手にとったものの、「吸いごたえが足りない」と紙巻きタバコや加熱式タバコへ出戻るユーザーが後を絶たなかったのだ。巨大外資が挑んだコンビニ流通戦略は、あっけない引き潮とともに幕を閉じた。
「ニコチンゼロ」の限界と、日本市場特有の壁
日本のVAPEカルチャーは、世界的に見てもきわめて特殊だ。欧米では「禁煙補助の代替手段」としてニコチン入りVAPEが認知され、パブリックヘルスの一部として公的機関が推奨する国すらある。だが日本において、吸入式のニコチン製品は「指定医薬部外品」または「医薬品」としての承認ハードルが異常に高く、事実上一般流通が封じられている。
結果として、国内で合法的に買えるVAPEはすべてニコチンフリーに限られる。この制約が、マイブルーの首を絞めた最大の要因だった。一口目のフレーバー感やキック感は確かに優れていたが、長年の喫煙習慣を持つ層の「身体的依存」を満たすことは構造上不可能だったからだ。
IQOS、Ploom、gloといった大手タバコメーカーの加熱式デバイスが急速にシェアを伸ばすなか、マイブルーは「タバコではないけれどタバコ売り場に置かれている中途半端な嗜好品」という隘路に追い込まれていった。
マイブルー難民の漂流──互換ポッドから使い捨てVAPEへの変遷
コンビニから姿を消した直後、ネット通販ではいわゆる「マイブルー難民」の争奪戦が起きた。本体をまだ所持しているユーザーのために、サードパーティ製のリキッド注入型互換Podや、中国製のコピーフレーバーがECサイトに溢れかえった。自分でリキッドを調合し、空のPodにシリンジで注入してまで愛用し続けるコアファンも一定数存在した。
だがそれも過渡期の現象だった。時が経つにつれ、充電の手間すら省いた「持ち運びシーシャ」や大容量の使い捨てディスポーザブルVAPEが若年層を中心に台頭する。Air miniをはじめとするポップなスティック型デバイスがドン・キホーテや雑貨店を席巻し、マイブルーが切り拓いた「手軽な蒸気体験」の座を完全に塗り替えてしまった。
かつてコンビニでPodを買い替えていた大人のユーザーの多くは、最終的に加熱式タバコへと収斂していった。あるいは、完全に煙の世界から足を洗ったか。あの青い光を放つ平べったいバッテリーは、引き出しの奥で埃をかぶるだけの遺物となった。
2026年の現在地:コンビニVAPE棚の再編成と、電子タバコの行方
そして2026年の今、コンビニのレジ横を見渡すと、光景は様変わりしている。かつてのマイブルーの定位置には、より小型化された使い捨て型ベイプや、CBD(カンナビジオール)リキッドを充填した高単価デバイスが点在し、かつてのような「大看板」としての派手さは鳴りを潜めている。
加熱式タバコが喫煙者の過半数を占める時代が定着した一方で、タバコ増税はとどまる気配を見せない。1箱数百円のコスト負担に悲鳴を上げる層が、再び「非タバコ」の選択肢を求めてネットを彷徨う。そのとき、ふと記憶の片隅から呼び起こされるのが「あの頃、コンビニで気軽に買えたあの青いスティック」なのだ。
2020年のあの波は何だったのか。それは、日本の巨大な喫煙市場がデジタル化と脱タバコの狭間で揺れ動いた、過渡期の象徴的な記念碑だったと言える。手軽で、クリーンで、どこか未来的だった青い光。その残像は、コンビニのレジ前に立つ人々の記憶の中に、いまも静かに焼き付いている。 (出典: マイブルー コンビニ 2020(Yahoo!ニュース))